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1: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:30:03.82 ID:rn9lGyFU
たったら書く

2: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:30:53.56 ID:rn9lGyFU
四月の夜、僕は路上で歌っていた。
もう昼夜問わず暖かくなっている頃だったので、ずいぶんやりやすくなっていた。

高架下で、誰も知らない歌を歌って、知らない酔っ払いが少し聴いて、すぐに去っていく。そのルーティンは心地良かった。たまに声をかけてくれたり、お金をくれるひともいた。

4: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:33:16.04 ID:rn9lGyFU
その日も延々と歌っていた。
しかし気がつくと、誰も高架下を通らない時刻になっていた。

誰も聴いていない時間も嫌いではなかったのだが、その日は早めに終わることにした。
そう思った矢先だった。男がひとり高架下に入ってきた。

7: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:46:16.28 ID:rn9lGyFU
業界人のようなメガネに逆立った髪は、なんとなく僕のイメージする「テレビのプロデューサーっぽさ」があった。男は僕に和やかに話しかけてきた。

「兄ちゃん、いつもここでやってんな。いい感じなん?」

「えぇ、まぁ、いいですね」

何がいいのか分からないまま、僕は答えていた。

9: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:57:36.19 ID:91qDLbJc
パンツ脱いだ方がいい?

11: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:00:24.20 ID:GKlI/O1u
>>9
パンツは履いといて。ごめん。

10: 名無しさん 2017/03/02(木) 00:59:29.60 ID:GKlI/O1u
「なぁ、わし、そこでメイドカフェやってんねんけど、昼間来て歌わへんか?給料も出すで」

「メイドカフェですか。聞いたことはありますけど……でも、そもそも僕いります?」

「生演奏があるカフェにしたいねん。興味無いか?」

「いえ、そんなことないです。全然やります」

興味があるというのは嘘だったが、僕はふたつ返事でOKした。

12: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:01:07.44 ID:GKlI/O1u
プライドやこだわりなんかは完全に無くしていたので、給料が貰えればなんでも良かったというのが本音だった。

「今ひまか?店がどんなんか見に行こうや。こんな時間やったら店、誰もおらんから」


僕は男の後に着いていくことにした。歓楽街の方面に僕たちは歩いていった。

13: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:02:55.70 ID:GKlI/O1u
歓楽街は相変わらず、ネオンがビカビカと光って、ひとが多かった。道のスミで倒れているひとや、手相占い師に客引き。

ネオンさえ無くなれば、このひとたちも昼起きて、夜寝る生活になるのだろうか。世の中に居場所が無いひとたちが、時差の中で身を寄せ合っているみたいだった。

そんなことを考えながら、歩いていたらすぐに店に着いた。

14: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:03:48.11 ID:CyvBOfg8
>>13

真ん中の文章いいなぁ

15: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:04:47.93 ID:GKlI/O1u
>>14
ありがとう。書いていきます。

16: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:06:35.66 ID:GKlI/O1u
その店は喫茶店の地下に無理やり作ったような狭い施設だった。

コンビニのような電灯の明るさとファンシーなつくりの店内に、誰もいないのは少し気味が悪かった。

テーブルがいくつか並んでいて、猫耳をつけたキャラクターのイラストがあちらこちらに描かれていた。

17: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:09:35.08 ID:GKlI/O1u
「昼間はここでメイドさんがワイワイやってるんすね」

「そうそう、みんなアイドル志望の娘ばっかりやから、そっちの手伝いもしながらここで働いてもろてんねん」

男はそれらを統括するオーナーのようだった。「アイドルについて」をやたらと楽しそうに喋った。

このとき僕はなんとも思わなかったが、もしあのとき、あの肌の表面の油のような、ほんのわずかな粘着性を感じ取れたら、何かが違ったのかもしれない。

18: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:18:08.33 ID:GKlI/O1u
まだみんな起きてるかな?

19: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:23:09.29 ID:wUpJPBUO
>>18
おきとるよ。 はよ

20: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:24:50.88 ID:GKlI/O1u
>>19
ありがとう。ひとりでも起きてたら書こ。

僕は次の日から働くことになった。
朝から胡散臭いぐらいの快晴だった。

21: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:26:10.13 ID:GKlI/O1u
カフェに行くと、メイドさんが看板を一生懸命拭いていた。

太陽光がバケツの水に反射して、宝石みたいだった。

「おはようございます」

「あ、今日から歌うひとやろ!? よろしくね!」

陰気な僕と対照的に、「ユキナ」という名札をつけた彼女は、キラキラした笑顔で看板を磨いていた。

電灯もついていない看板は、これでもかというぐらいピカピカだった。

23: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:28:38.97 ID:GKlI/O1u
「凄いピカピカですね」

「せやろ?触ってみる?音すんで!」

言われるがままに手のひらで触ってみると、キュッキュッと洗い立ての皿のような音がした。驚いた。

「これは凄い」

「看板がムチャクチャ綺麗なほうがええやろ! 掃除ってメイドっぽいし!」

「たしかに、こんな綺麗な看板見たことないかもしれません」

本心からそう思った。

24: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:30:45.37 ID:GKlI/O1u
オーナーに少し説明を受けて仕事が始まった。

普通のバイトと比べると、自由な仕事だった。

お客さんとメイドさんのジャンケンの歌を歌ったり、みんなが知っている歌を歌ったり、伴奏をする係だった。

お客さんを楽しませるのはメイドさんの役目だから、僕はそれをサポートすればいい。

しかし、メイドカフェというものを初めて肌で知ったが、カルチャーショックの連続だった。

25: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:33:58.87 ID:GKlI/O1u
オプションというやつがあって、メイドさんとジャンケンをするのに千円、同席して会話をすると二千円かかるのだ。

ツイスターとかいう身体が触れ合うゲームをするのに至っては、五千円もかかる。

(狂ってんな……)と自分の心のなかから声がしたが、すぐに聞こえないフリをした。こういう世界もある、と思い込むようにした。

26: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:38:25.12 ID:GKlI/O1u
僕はその日、二時間ほど働いて五千円を貰った。当時、本当にお金が無かったので、ものすごくありがたい収入だった。

ただ、「この女の子たちとツイスター一回分か」と思うと、価値があるのか無いのかわからなくなった。

27: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:39:00.55 ID:YjKFeejh
スレタイから大島薫さん的な方かと思った

28: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:40:37.41 ID:GKlI/O1u
>>27
男の娘じゃないんです。
すみません!

29: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:43:39.40 ID:GKlI/O1u
しばらくすると、僕もメイドカフェのバイトに慣れてきた。

歌う以外の看板磨きや掃除なんかも手伝うようになった。

余談だけど、僕はバイトが全然できない19歳だった。コンビニもすぐバックれて辞めたし、マクドも駄目だった。みんなができる仕事が僕には難しすぎた。

そんな僕にとって、初めて通用した「まともなバイト」だった。正直、楽しかった。

お客さんたちはいわゆる「アキバ系」のひとたちだったが、意外にも明るくて気さくな連中で、すぐに仲良くなった。オタクは暗くて閉鎖的だと思っていたのは、僕の偏見だった。

30: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:45:47.42 ID:GKlI/O1u
メイドさんたちは僕が「食うのに困っている」と言ったら、いろいろなものを作ってくれたし、とても優しくしてくれた(オムライスにハートや相合い傘を描かれるのはカンベンしてほしかったが)。

あの店にいるひとたちは、毛色の違う僕を受け入れてくれた。

アルコールが無くてもハイになれる彼らはとても健全な人間に見えた。

それに、居心地のいい空間だった。

31: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:47:49.58 ID:GKlI/O1u
僕のバイト初日、看板を磨いていた「ユキナさん」は指名ランクNo.1のメイドさんだった。

年がふたつ上の彼女は、僕のことを弟のようにかわいがってくれた。僕も遠慮なくユキナさんには、甘えていた。

小遣いをくれるときもあったし、家に食事を作りに来てくれることもあった。僕も調子に乗って、なんだかんだ、いろんなものを買って貰っていた。

34: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:52:12.47 ID:uwpFIKwR
オーナーも言っていたが、メイドさんたちは、それぞれが歌手やアイドルのような活動をしていた。その合間にアルバイトとして、メイドカフェに勤めている。

メイドカフェはバイト先でもあると同時に、芸能事務所やプロダクションのような機能を持っていた。そしてユキナさんも、そこで歌手を目指す女の子のひとりだった。

35: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:53:42.57 ID:uwpFIKwR
僕がいつも通り演奏の仕事を終えて、バックヤードで帰り支度をしているときだった。バタンとドアを開けて、ユキナさんが入ってきた。

「あ、ユキナさん。お疲れ様です」

「あれ?もうおかえり?」

「えぇ、もう今日はお客さんもおらんし」

「ちょっとひまなったもんなぁ。大丈夫?ちゃんと食べてる?」

「食べてますし、なんか最近体重増えた気します」

本当に増えた気がしていたのだ。

彼女は楽しそうに「増えた気って何よ!計ってないん?」と言った。

「俺、体重計持ってないですもん」

36: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:55:40.76 ID:uwpFIKwR
僕はユキナさんと話している時間が好きだった。

美人なのに、気取っていなくて明るくて、開放的なひとだった。

それでいて自然と相手を気遣える彼女が、お客さんの人気者なのは頷けた。指名ランクはずっとNo.1だった。だけど店の中でも彼女へのやっかみも無く、まさしく誰からも慕われているようなひとだった。

37: 名無しさん 2017/03/02(木) 01:58:16.98 ID:uwpFIKwR
少し間を置いてから、ユキナさんが口を開いた。

「なぁ、前から聞きたかってんけど音楽やってるのつらくないん?」

聞かれて、僕は少し考えた。そんなこと考えたことも無かったからだ。

38: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:00:45.02 ID:uwpFIKwR
「いや……僕は好きなことなんで、あんまし」

「そっかぁ。やっぱ凄いなぁ!」

やけに明るい声色だった。

「でもいつも『楽しい楽しい!』みたいな感じでもないです。つらくはないけど、習慣というか、なんか改めて考えたことなかったです。ムズイっすね」

「ごめんな、変なこと言うて。お疲れ様!」

「いえ、お疲れ様でした。なんか分からんけど、元気出して下さい」

「大丈夫。ありがとう」

ユキナさんはそう言って、いつも通りの笑顔で、手を振っていた。

39: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:03:53.39 ID:uwpFIKwR
次の日、ユキナさんは店を辞めていた。
オーナーに聞いたら、彼女はアイドルになることを諦めたそうだった。

40: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:09:25.37 ID:uwpFIKwR
話を聞いた僕は「あ、そうすか」となぜか平常心を装った。メイドさんたちがユキナさんの話をしていても、気にしていないポーズをとっていた。正体の分からない、とにかく誰にも知られたくない感情で、胸がいっぱいになっていた。

連絡先も知らなかったし、誰かに聞くこともできなかった。どうしようもない気持ちだった。

41: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:12:32.52 ID:uwpFIKwR
そしてユキナさんが辞めた後、すぐに店が摘発された。

オーナーが売春の斡旋容疑で起訴されたことが原因だった。


あの店は裏でメイドさんたちの売春の温床になっていた。僕はそのことをオーナーの逮捕で知った。


あの頃、大阪にはそういった形態の店が別の街にもいくつもあったらしい。梅田、十三、日本橋、なんば、京橋。

あらゆる地区のそれらは一斉に摘発された。

43: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:14:33.30 ID:uwpFIKwR
彼女たちの所属事務所のように、違法風俗とプロダクションが提携しているケースはビジネスにしやすいそうだ。

だけど、そんなことは僕にはどうでも良かった。


僕のことかわいがってくれていたユキナさんたちは、知らない男たちに買われていて、それを知らないまま僕はあの店で働いていた。

ただ、それだけだった。

45: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:16:18.90 ID:uwpFIKwR
僕は彼女たちを買っていた男たちを殺してやりたいと思った。

だけど僕にはそんな権利も無いし、何よりも筋違いの怒りに思えた。

たぶん、僕は自分が何も知らなかったことが、情けなくて嫌だったのかもしれない。

46: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:17:41.81 ID:uwpFIKwR
僕はあの店のことを一刻も早く忘れようとした。もう、何も思い出したくなかった。

だけど、あのバックヤードのユキナさんの「つらくないん?」という声が耳鳴りみたいに蘇る夜がある。

人間をそれなりに長くやってると、頭のなかに刻みこまれてしまった声がある。僕だけじゃなく、誰しもにあるものだ。

そして、それは消したくても、たぶん一生消えないのだと思う。

47: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:19:01.02 ID:uwpFIKwR
先日、久しぶりに店があった場所へ足を向けてみた。跡地は廃墟化していて、まだ残っている。借り手もつかないらしい。

看板がひどく汚れて、無残に割れていた。触ると手のひらが真っ黒になった。

もう、なんの音もしなかった。

48: 名無しさん 2017/03/02(木) 02:19:46.47 ID:uwpFIKwR
おしまいです。
起きてくれていた人、最後まで読んでくれてありがとうございました。

52: 名無しさん 2017/03/02(木) 05:40:37.58 ID:YlqRrJbi
面白かった

59: 名無しさん 2017/03/02(木) 12:17:37.65 ID:kOLbgMIk
狙ってるけどあざとく感じない文章だね


男だけどメイドカフェでバイトしてた時の話